十一月に入ってから、日が落ちるのがいっそう早くなった。夜のたれ絹が降りはじめた空は、うっすらと陰りはじめているが、なじみのファストフード店は依然として学生たちで賑わっている。二階へ続く階段のそばにある、比較的目立たないテーブル席で、と高尾は向かい合っていた。テーブルの中央には、ポテトと二人分のドリンクが鎮座している。傍目から見れば初々しい恋人同士のようにも見えるが、両人が顔を寄せあって話すのは専ら、の想い人――緑間のことであった。
 奥手なは、はじめこそ緑間に声もかけられないような状態であったが、高尾の励ましや協力の甲斐あって、なんとか顔見知り程度の関係になることができた。そこでそろそろ次の段階に一進しようとはするものの、二の足を踏んでいるような状態が長く続いていた。接触はあれど、これといった進展はない。

「いっそのことお色気作戦に出てみるっつーのはどーよ?」
「高尾くん、協力してくれてるのはありがたいんだけど、そういう冗談はちょっと」
「真面目に言ってるって、わりと」
 ほころんだ口元を晦ますようにして、高尾はストローを口にする。
「……高尾くんはそういう作戦に引っかかる緑間くんが見たいだけでしょ?」
「あ、バレた?」
 高尾がいたずらっぽく表情を明るくするので、の心に和らいだ喜びがわいた。は椅子の背に凭れながら、テーブルの下で流していた足を組む。

「引っかからないだろうし、私じゃ逆効果だと思うんだけどなあ」
「どうかなー、緑間だって健全なオトコノコだし?」
「そりゃ私がアイドル並みに超絶可愛かったらいいんだけどな」

 は頬杖をつき、半ばふて腐れたように呟いた。はじめの頃の彼女なら、そんなことは全力で拒否していただろうが、どうやらそれほど追い詰められているらしい。くるりと上向きの睫毛を瞬かせ、どこか遠くを見つめている。思い起こしているのは、先日緑間が持っていたアイドルのうちわのことだろう。高尾は過呼吸でも起さんばかりに笑っていたが、はいろいろなことを考えてしまい、とにかく一日中気が気でなかった。

「ただでさえ同い年で望み薄なのに、アイドルなんてかすりもしない……」
「だからあれ先輩の私物だって」
「いやでも、あれをきっかけにファンになったりして」
「……オレ、あいつがコンサートでTシャツとか法被とか着てたら笑い死ぬ自信あるわ」
「……想像しちゃったんですけど」
 は小刻みに肩を震わせてどうにか笑いをこらえたが、言い出した高尾は耐えようにも耐え切れず腹を抱えて大笑いした。

 ところどころに内容を忘れてしまうような話を挟みながら、二人は談笑を続けた。話上手な高尾といると、他愛もない会話でも途絶えるようなことがなく、も居心地がいい。時間を忘れたように過ごしていると、上の階からブレザー姿の学生たちが二人組で降りてきた。うち一人が、こちらを見て瞠目する。

「あれ? 高尾じゃん」
「お、久しぶり」
 高尾が軽く手を挙げると、彼らはテーブルに集まってきた。中学時代の友人だろうか。
「久しぶりー、ってデート中かよ」
「そ。可愛いっしょ?」
「うわーマジだ、ふざけんな」
 ぎくりと、は身体が硬直した。高尾の冗談だと頭でわかってはいても、根が真面目なはすぐに順応することはできない。なにを言っていいかもわからないので、とりあえずにっこりと笑っておいた。
 彼らは賑やかに歓談している。男子同士特有のコミュニケーションのとり方なのか、口調も少々乱暴だ。
 久しぶりの再会に水を差したくはない。は輪から外れるよう黙然とした。そして今まで忘れていたジュースの存在をようやく思い出し、ストローを口に運ぶ。
 高尾はおそらく中学の時も、人気者だったことだろう。彼は人当たりがいいし、要領もよく人の心の機敏によく気がつく。交友は浅く広いが、決して軽薄ではない。そういうところがまた彼に惹かれる要因でもあるのだろう。

「あ。そういやオマエ、今日誕生日じゃね?」
「おー高尾ハピバー」
 彼らのやりとりをぼーっと静観していたは、思わずえっ、と声を上げそうになった。
「サンキュー。覚えてくれてたのか」
「いや、なんかオマエの顔見て思い出した」
「なんだそれ、気色ワリー」
「ひっでーな、一応祝ってやってんのにさ」
 考えてみれば、緑間の誕生日を教えてくれた高尾の誕生日は知らなかった。むしろなぜ今まで知ろうとしなかったのかと、は今頃になってやりきれない思いに苛まれる。

「じゃあな。邪魔しちゃ悪いし、そろそろ行くわ」
「おー。またな」
 高尾は手を振り、店をあとにする友人たちをその場で見送った。はとっくに飲み終えていたドリンクを、ようやく所在なさげにトレーに置いた。
「高尾くん、今日誕生日だったの?」
「うん、そうだけど」
「プレゼント!」
 ハッと気づいたのもつかの間、はがっくりと肩を落とした。なにより、誕生日だというのにこうして自分の相談に付きあわせているのがまた申し訳ない。きっと家族も待っていることだろう。

「なんにも用意してない……本当ごめん」
「あーいいっていいって。女子ってそういうの、マメだよな。寄せ書きとか渡したりしてさ」
 逆に気を使われてしまって、もう立つ瀬がない。

「……ちょっとごめん」
「ん? おー」
 は突然、何かを思いついたように鞄から財布を取り出し、席を立った。
 高尾はそれを目で追いながら、しなびたポテトをつまんで口に放り込む。彼女はレジでなにやら注文し、会計を済ませると、小走りでまたテーブルまで戻ってきた。その手には持ち帰り用の紙袋を携えている。

「高尾くん、誕生日おめでとう」
 高尾はからの突然の誕生日プレゼントに驚きつつ、差し出された紙袋を受け取った。
「サンキュ。開けていい?」
「どうぞ」
 中に入っていたのは、チキンナゲットの箱が三つ。ソースもきちんと二種類ずつ入っているところが、用意周到ならしい。

「えと……一応マスタードとバーベキュー両方つけてもらったんだけど……ダメだったら別のにするから何かあったら言ってほしい!」
 堰を切ったように早口で喋り始めるに、高尾は苦笑したような表情を見せた。
「そんなテンパらなくても、嬉しいって。ありがとな」
「よかった」
 はほっと息をついて、胸を撫でおろした。ちゃんとしたプレゼントは後日買いに行こうと思う。

「……そろそろ帰る?」
 時計はすでに、七時を回ろうとしていた。ちょうど自分たちと同じような制服姿の学生たちも、ぽつぽつと席を立ちはじめている。高尾の家族も、家で待っているに違いない。
「そーだな。あんま遅くなってもまずいし」
「うん」









 夜のとばりを飾るように、星が散りばめられている。肌を刺すような冷気に身をすくめ、は「さむっ」と呟いた。言葉と一緒にもれでた息がほんのりと白い。日の高い時間はいくらか暖かさもあったが、ほどよく空調の効いた店内にいたせいか、余計に落差を感じてしまう。
 高尾は手での鞄を催促すると、自転車の籠に乗せてスタンドを蹴りあげた。少し強めの木枯らしが、二人の頬をかすめる。
「うっわ、帰りたくねー」
「あはは。わかる」
 は巻いていたマフラーを引き上げ、顔の半分ほどをそこに埋めた。そして冷たくなった手をすりあわせながら、自転車を押す高尾と並ぶ。少し遅れがちなと足並みを合わせるようにして、高尾は歩幅をとった。

 まだ十一月も終わっていないというのに、大通りは早くもクリスマスムードが漂っている。店先に飾られるリースや靴下、大小のツリー。葉を落とした街路樹の梢には光の花が咲き、一定の間隔で明滅を繰り返す。周りにはトナカイや雪だるまのオブジェも輝いていた。
「早いなあ。もう冬なんだ」
「だな。ついこないだまで、夏だった気がしたのにさ」
 高尾はしみじみと言葉を溢した。早いもので、季節は冬を迎えようとしている。インターハイでは予選で辛酸を嘗めた秀徳バスケ部であったが、今冬の大会は予選も突破した。不撓不屈の御旗をかかげ、東の王者はリベンジに燃えている。
「今年はクリスマスどころじゃなさそうね」
「まー家ではケーキ食べるし、騒ぐけど」
「ふふ、いいの? 満喫しちゃって」
「それはそれ、これはこれ」
 は可笑しそうに笑った。その後も、ぽつりぽつりといくつかの話が続く。やがて人通りもだんだんと減り、住宅街に差しかかる。いつもの分かれ道で高尾は足を止めると、積んでいた鞄をに渡した。

「じゃあな、。また明日な」
 高尾は表情を柔和に緩め、自転車に跨った。
「うん。送ってくれてありがとう」
「暗いから気つけろよ」
「うん、おやすみ」
「オヤスミ」