が初めて緑間真太郎を見たのは、中学二年の冬。駅前通りの本屋だったと記憶している。世間は、やれ師走だのクリスマスだのと忙しない時期であったが、はいつもと同じく山のような教科書をかかえ、家と学校を往復する日々を送っていた。期末テストが終わり、年が明ければあっという間に四月が来て受験生になる。だから今のうちに少しでも勉強しておきたい。
 そこで、新しい問題集を探すため駅前通りにある大きな本屋へ行くことにした。入ってすぐに見える漫画本のコーナーは、新刊をずらりと並べてを誘惑してくるが、所持金のことを考えてグッとこらえた。彼女の足は、壁際に追いやられた参考書コーナーへと向かう。
 目についたものから手当たりしだいに問題集をえらんでいると、隣に気配を感じたのではさっとスペースを空ける。何気なく隣の様子を伺えば、眼鏡をかけた長身の男が立っていた。アンダーリムの黒縁眼鏡に理知的な白いブレザー。したまつ毛が長く、印象的だった。

 それから一週間もしないうちのことだったと思う。期末テストも終わりは友達と学校に居残り、お喋りに夢中になっているうちに下校時刻がせまって、帰宅時間がいつもと大幅にずれた。あたりはすっかり暗くなってしまっていたが、ルーズリーフを切らしていたことを思い出し、近くのコンビニエンスストアに入った。そして会計をすませたと入れ違うかたちで、部活帰りとおぼしき学生たちがコンビニへ押し寄せてくる。その時はどこかで見たような白いブレザーだと思った程度だが、一番最後に入ってきた緑間の顔を見て、は本屋でのことを思い出したのだった。

 二度あることはなんとやら、春休み目前に三度目があった。近所の図書館の自習室で、最後の期末テストに向けて勉強していたは、勉強の息抜きにならないかと思い立ち、視聴覚室へ赴いた。映画を観るか音楽を聞くか迷っているところに、”彼”を見つけた。当然ながら私服であったが、長身の目立つ容貌で今度はすぐにわかった。彼はクラシックCDをいくつか手にしている。
 は音楽を聞くことにした。めぼしいものを持ちだしてカウンターで手続きをしていると、隣のカウンターに彼が来た。
 好奇心に背中を押され、横目でちらりと覗いてみる。彼の借りていたものは、選曲や奏者こそ違えど、作曲家はが借りたものとすべて同じだった。音楽の趣味が近いようで、は彼にちょっとした親近感をおぼえた。
 図書カードには達筆な字で、緑間真太郎と書いてあった。

 ――緑間くんは、この曲を聞いてどんな感想を持つんだろう?

 話しかけてみたいと思う反面、やめておこうという気持ちが勝る。こんなことでいきなり話しかけるのは変だろう。そしてやめておこうと思う一番の理由は、の容姿だった。
 手入れの適当なひっつめ髪に、牛乳瓶の底のような分厚い眼鏡。どこからどう見ても冴えない見た目だ。
 は街で”緑間くん”を目撃するたび、話しかけたいと思う気持ちが強くなっていった。それほど頻度はないものの、見かけた日は心なしか嬉しく思った。
 その気持ちが恋だと気づいた時、の中にひとつの決意が芽生えた。





 中学三年。受験が終わるとの本棚からは参考書が減り、問題集のかわりにファッション誌が置かれるようになった。自分には分不相応だとも思ったが、可愛い服を見ているのは楽しくて、日々の勉強で乾いた心が潤う気がした。
 そして高校の合格を機に、眼鏡からコンタクトに変えた。まわりの反応が変わったのが面白くて、次の日は色付きリップを塗って登校した。美容院に行って、髪型を考えるのが楽しくなった。服や靴はもちろんのこと、マニュキュアやフレグランスの瓶も、日に日に増えていく。
 中学を卒業する頃には、はすっかり別人だった。瓶底眼鏡で時代遅れの、ダサい女はもういない。漫画やゲームは捨てられなかったが、今ならファッション誌だって堂々と買える。

 皮肉なことに、がおしゃれをしていくにつれ街で”緑間くん”を見かけることはなくなっていってしまった。
 だから高校に入学したとき、は我が目を疑った。自分と同じ高校、クラスに、あの緑間真太郎がいたのだから。